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どんくらの映画わくわくどきどき
自分が観た映画の話題を中心に書き留めている個人的なブログ。 写真はパリ ノートルダム大聖堂(2000) 文中敬称略。文&写真:どんくら
八つ墓村 (TV1978)
横溝正史の推理小説を原作とする1978年のTVミニシリーズ全5話をDVD2枚で観た。金田一耕助役は古谷一行。
終戦間もないころ信州の大富豪が死去する。大富豪が全財産を相続させたのは自分の血筋ではなく大恩人の孫娘。

 最終話で、洞窟に隠れていた辰弥は誰かがやってきたのであわてて煙草を消した。やってきたのは美也子だった。という場面だが、私だったらろうそくの灯をまず消す。

【1】かって岡山県の山奥に八つ墓村という村があったという。

 昭和24年、神戸で闇商品の取引をしている寺田辰弥は26歳で身寄りはいない。ラジオで自分が探されていることを知った辰弥は諏訪法律事務所を訪ねた。辰弥にいろいろ質問した諏訪弁護士は最後に辰弥の脇腹にある大きなやけど跡を確認した。辰弥が幼いころから持っているお守り袋には名前と生年月日が書かれた紙と、不思議な模様が描かれた紙が入っている。模様の中に「龍の顎(あぎと)」と書かれていた。
 その後、辰弥を探る大きなマスクをした不審な人物がいた。さらに「八つ墓村にかえってはならぬ・・・」という手紙が下宿に届いた。

 辰弥は再び諏訪法律事務所に行く。辰弥の母方の祖父井川丑松がいた。
 辰弥の父親は田治見要蔵(故人)、辰弥の本当の名前は田治見辰弥となる。要蔵には辰弥と腹違いの子供、久弥と春代がいるがどちらも独身で病弱。現在田治見家を仕切っているのは辰弥の大伯母に当たる双子の小竹、小梅だがかなりの高齢。小竹、小梅は辰弥に由緒ある田治見家を継いでほしいと考えて、井川丑松に探させていた。
 諏訪弁護士が出かけた後、せき込んだ井川丑松(66)は所持していたぜんそく薬を飲んで死んだ。毒殺だった。
 辰弥は田治見家の遠縁にあたるという森美也子に連れられて八つ墓村に向かった。美也子は村の伝説を話した。

 永禄9年(1566) 出雲の尼子一族が毛利元就に敗れる。武将の尼子義正と7人の家来が3000両の黄金と共に山中の村にたどり着いた。黄金に目がくらんだ村人たちはふいをついて8人を惨殺した。尼子義正は「この村に祟ってやる」と言って死んだ。村人たちは8人の首を毛利に差し出し、8人の霊を祀る8つの墓をつくり八つ墓明神とあがめた。村は八つ墓村と呼ばれるようになった。黄金はいまだに見つかっていない。

 田治見家は村のほとんどを所有する大地主。美也子は元々は田治見家の分家の森家に嫁いだが夫は死んだ。
 大伯母の小竹、小梅は辰弥に田治見家を継ぐように改めて言った。辰弥は母が暮らしていたという離れで寝た。
 八つ墓村という名前に惹かれてこの村にたまたまやってきた金田一耕助は宿屋がないのでよろず屋に泊めてもらった。

【2】
 辰弥は母の部屋だったという部屋が座敷牢だったことに気がついた。
 27年前、村の郵便局に勤めていた19歳の鶴子は田治見要蔵にレイプされたうえ拉致されて座敷牢に閉じ込められた。鶴子の父親は当然抗議したが田治見家の権力の前にどうすることもできなかった。翌年の春、鶴子は辰弥を産んだ。鶴子は辰弥を連れて逃げた。
 大酒を飲んだ田治見要蔵が突然暴れだし妻を切り殺し祭りをしていた村人たちを銃と日本刀で切り殺した。村人たちは八つ墓明神がお怒りになったと恐れおののいた。要蔵が殺したのは32人。8人の4倍の人が犠牲となった。要蔵は山に逃げ込んでいまだに見つかっていない。
 小竹・小梅は辰弥を親類たちに引き合わせた。田治見家の当主久弥は病床に臥せっている。村でただひとりの医者の久野医師は久弥の弟。さらに久弥の三番目の弟里村慎太郎がいる。慎太郎は戦争中は将校だった。
 みんながいる前で久弥は辰弥に「財産を人に盗られないように」と言った。久弥がせき込み薬を飲んだ直後に死んだ。久野医師は病死と診察した。
 田治見久弥の埋葬(土葬)中に金田一から連絡を受けた県警の日和警部が駆けつけ、埋葬を中止させた。
 死因はやはり毒物によるものだった。井川丑松の薬も田治見久弥の薬も久野医師が出したものだが薬の管理はかなりいい加減だった。

【3】
 久弥の初七日の法要の席で洪禅和尚が料理に混ぜられていた毒物で殺された。警察の分析によれば、一連の殺人で使われている毒物はこの村のどこにでも生えているカブトギク(トリカブト)の根から抽出されるもの。
 翌日、辰弥は法要の席で辰弥の出生の秘密について知っていると話しかけてきた梅幸尼を訪ねる。梅幸尼は梁から吊るされ槍で突き刺されて死んでいた。現場には犯人のものと思われるメモが落ちていた。よろず屋の娘の活躍でメモに使われた紙は銀行が配った手帳のもので、受け取った久野医師は手帳をなくしたと話した。警察に追及された久野医師は姿を隠した。
 夜、辰弥は花瓶を倒して屏風を濡らしてしまう。屏風に挟みこまれている母親から亀井陽一宛の恋文が見えた。文の中には「龍の顎」の言葉があった。辰弥は小竹・小梅が納戸の隠し扉から鍾乳洞に入っていくのを見つけた。鍾乳洞をさまよった辰弥は別の出口で美也子と会いキスをした。鍾乳洞を探索していた辰弥と美也子は鎧兜をつけた田治見要蔵の死体を見つけた。

【4】
 武者姿の要蔵には小竹・小梅によると思われる新しい花が供えられていた。
 金田一は村役場で26年前の事件について調べた。
 朝、濃茶の尼が殺されていた。26年前の事件で家族を殺され気が狂った女性だ。日本刀が突き刺さっていたが首を絞められていた。金田一が調べると日本刀は戦国時代のものではなく、戦争中に使われた軍刀だとわかる。村で軍刀を持っているのは戦時に将校だった里村慎太郎。日和警部が里村の自宅を調べると里村はいなかった。家の中には鍾乳洞の地図や洞窟探検の道具があった。
 寺男の富蔵が煙草を買いによろず屋に現れた。富蔵は戦後村にやってきて住職に拾われた男で、戦争で顔にひどい傷を負ったため面頬(*)で顔を隠している。富蔵は自分と同様に面頬をつけた男と出会った。
 金田一は辰弥に無断で屏風を調べ、鶴子と亀井陽一との何通もの恋文と亀井陽一の写真を見つけた。その顔は辰弥によく似ていた。鶴子が拉致されたのは大正11年8月、辰弥が産まれたのは翌年3月。つまり辰弥は要蔵の子供ではない。怒った要蔵は赤子にひどいやけどをさせた。それが辰弥の脇腹に今でも残っている。恋文の文面から鶴子と亀井陽一は「龍の顎」で結ばれたとわかる。
 春代が警察に「小竹が重傷を負い小梅が鎧武者にさらわれた」と電話してくる。辰弥の案内で金田一や警察が隠し扉から洞窟に入った。要蔵の死体があった場所には鎧が落ちていた。洞窟は非常に入り組んでいて小梅は見つからない。
 豪雨が続き八つ墓明神のそばに埋められていた久野医師と里村慎太郎の死体が現れた。村人たちは辰弥を捕まえようと押し寄せてくる。
 洞窟の中では、辰弥たちが小梅の死体を見つけた。その様子を面頬をつけた男が窺っていた。

【5】
 日和警部は洞窟を封鎖して、押し寄せた村人たちを止めた。
 辰弥と美由子は洞窟を探検し龍の顎を見つけ結ばれた。ふたりは尼子の黄金を見つけた。
 駅に着いた諏訪弁護士を出迎えた金田一はよろず屋に案内した。連絡を受けた日和警部がやってくる。諏訪弁護士は八つ墓村の出身で26年前の事件で両親を殺された。村を出た諏訪は苦労の末に弁護士となった。金田一は諏訪弁護士が一連の殺人の発案者で、殺人の共犯だと考えていた。尼子の祟りに見せかけて田治見家を根絶やしにして主犯が全財産を相続し、諏訪は分け前を受け取る計画。諏訪のカバンの中に富蔵のものと同じ面貌があった。諏訪は村に来ると富蔵に変装して犯罪を犯していたのだ。諏訪は犯行を認めた。
 洞窟にひとりでいた辰弥は悲鳴を聞いて駆け付けた。
 倒れていたのは春代だった。春代も久弥も辰弥が要蔵の子供でないと知っていた。久弥は恐ろしい血を受け継いでいない辰弥に田治見家を継がせようとした。春代は犯人の小指を噛んだと言って、死んだ。
 戻ってきた美也子は小指に包帯を巻いていた。辰弥を殺そうと追う美也子に富蔵がつかみかかった。富蔵はのどを切られながら美也子を殺した。富蔵は亀井陽一だった。

 数か月後、神戸。
 日和警部が金田一に朝刊を見せた。台風による川の氾濫で八つ墓村が流され洞窟も消えた。田治見辰弥の巣死体が見つかった


(*) 面頬(めんぼう):戦場で顔を保護するためにつけた武具。この映画に出てくるのは頬と鼻をカバーするタイプ。

・ 出演
    古谷一行    ...金田一耕助
    荻島真一    ...寺田辰弥
    鰐淵晴子    ...森美也子
    中村敦夫    ...要蔵 / 久弥
    松尾嘉代    ...春代
    永井智雄    ...久野(医師)
    内田朝雄    ...諏訪(弁護士)
    長門勇      ,,,日和(警部)

【映画の中の映画】  「毒薬と老嬢 1944」...日和警部が言及

◆八つ墓村 TV1978

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