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どんくらの映画わくわくどきどき
自分が観た映画の話題を中心に書き留めている個人的なブログ。 写真はパリ ノートルダム大聖堂(2000) 文中敬称略。文&写真:どんくら
カミーユ・クローデル (1988) ★
ロダン カミーユと永遠のアトリエ (2017)」で描かれているようにロダンには長年連れ添った事実婚の妻の他に24歳も年下の若い方の妻カミーユ・クローデルがいた。
 カミーユはロダンに結婚を迫るが、ロダンは結局年寄りの妻を選ぶ。カミーユは才能ある彫刻家だったが心を病み精神病院に30年間も閉じ込められ孤独に死んだ。
 観ていて楽しい映画ではない。イザベル・アジャーニがベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞した。DVDで観た。


□ 1885年2月 パリ。カミーユ・クローデルは彫刻家を目指しているが母親はまったく娘の才能を認めていない。
 彫刻家を目指す女生徒たちの指導にやってきたロダンに才能を認められたカミーユは大作「地獄の門」の制作にとりかかるロダンに雇われる。
 カミーユが滞在している故郷のビルヌーブ村にロダンが内縁の妻ローズ・ブーレと共に訪ねてくる。
 ロダンとカミーユは愛し合うようになる。二人の仲は社交界でも公然のものとなる。

 「カレーの市民」が完成する(1888)。カミーユは父親からロダンの手伝いではなく自身の作品を作るように忠告される。
 ロダンは外交官になりたいカミーユの弟ポールを外務省の友人に紹介してくれる。
 カミーユはカレーには行かなかった、ローズに殺されそうになったカミーユは失踪する。
 戻ったロダンがカミーユが残したロダンの肖像を絶賛しているとカミーユが現れローズと自分のどちらかを選べと迫った。カミーユはロダンの元を去る。
 カミーユは弟ポールに流産したと告げた。

 カミーユは自身の作品に打ち込むようになり画商のブロがカミーユの作品を扱ってくれる。
 ポールは外交官として米国に旅立った。

 ロダンとカミーユが再会する。ロダンはバルザック像を酷評されて落ち込んでいた。カミーユの工房で片方の腕で女を抱きながらもう一方の腕を別の女に引っ張られている男の像を見たロダンは怒り出し、ふたりは大喧嘩して別れる。

 カミーユはパリ万博(1900)に自分の作品が出展されないのはロダンが邪魔しているからだと思い込む。
 猜疑心の塊となったカミーユの行動は異常さを増していく。陰ながら助けようとしたロダンの好意も届かない。
 セーヌ川の氾濫までロダンの陰謀と疑う。
 ブロがカミーユの個展を開き帰国したポールがあいさつした。
 カミーユは自分の作品を片っ端から破壊した。

 1913年、父親が亡くなる。カミーユは精神病院に入れられた。カミーユは30年間拘束され1943年に78歳で亡くなった。


> 1885年5月。ヴィクトル・ユーゴーが亡くなり国葬となった。
> エッフェル塔は1887~1889年に建設された。
> 1917年、ロダンは死期の迫ったローズと結婚した。ローズはほどなく、ロダン(77)も9か月後に亡くなった。

・ 監督: ブルーノ・ニュイッテン
・ 原作: レーヌ・マリー・パリス
・ 出演: 
   イザベル・アジャーニ      ... カミーユ・クローデル
   ジェラール・ドパルデュー    ... ロダン

   アラン・キュニー          ... ルイ=プロスペル・クローデル、父   
   ロラン・グレヴィル         ... ポール・クローデル、弟
   Philippe Clévenot         ... ブロ、美術商

■ カミーユ・クローデル CAMILLE CLAUDEL (1988/1989、フランス)

テーマ:昔の映画 - ジャンル:映画

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