どんくらの映画わくわくどきどき
自分が観た映画の話題を中心に日ごろ感じたことを書きたい放題     左の写真はフランスのシュノンソー城にて     文中敬称略。文&写真:どんくら
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 ■ フツー。観ても観なくても良かった。
 ▼ ・・・
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キャノンフィルムズ爆走風雲録  (2014) ★
1980年代の米国で低予算のB級映画を量産して旋風を巻き起こしたイスラエル人のメナヘム・ゴーランとヨーラン・グローバスの盛衰を追ったドキュメンタリー。DVDで観た。
 ふたりの名前も「キャノンフィルム」も知らないが、ジャン=クロード・ヴァン・ダム「サイボーグ (1989)」、チャールズ・ブロンソン「ロサンゼルス (1982)」、チャック・ノリス「地獄のヒーロー(1984)」等の俳優やタイトルは知っている。日本のTVに出演しているケイン・コスギの父親ショー・コスギも米国ではニンジャとして知られていた。
 彼らの映画の中には「ドーバー海峡殺人事件 (1984)」「死海殺人事件 (1988)」、「スーパーマン4/最強の敵 (1987)」などの大作もあった。
 彼らはB級映画で急成長したが、急成長した結果、大手の映画会社と同じような作品を作り始めて彼らの特色が失われてしまったように感じた。
 時系列がわからないが「ブレイクダンス(1984)」の大ヒットが1984年で、1986年にはパテ社が経営に参加しているので数年のうちに急成長しあっというまに墜落したようだ。
 アメリカン・コミック映画は好きで「スーパーマン4」も観た覚えがあるがスーパーマンが平和を訴えて演説する場面のあるつまらない映画だったという記憶しかない。

□ 1960年代のイスラエル。映画製作者・監督のメナヘム・ゴーランの12歳年下の従兄弟ヨーラム・グローバスがメナハムの元で働き始め、やがて共同経営者となる。ゴーランとグローバスのコンビは次々とヒット作を送り出し、イスラエル映画界の巨匠となる。
 「グローイング・アップ(1978)」の世界的な成功を機にふたりは米国で再出発する。当時イスラエルから外国への送金は違法だった。ふたりはロサンゼルスの治安の悪い地域で貧乏暮しをしながら「キャノンフィルム」として映画製作を始める。
 1984年、ビーチで若者たちが踊っている見たことのないおかしなダンスを題材に製作開始から公開までわずか3か月の「ブレイクダンス(1984)」が大評判となり、120万ドルという超低予算映画が米国内興行収入約1億ドルを稼いだ。
 キャノンフィルムは次々に話題作を提供した。彼らの映画は低予算で安っぽく、銃撃や爆発、アクション、美女、ヌード、バイオレンスが満載で単純なストーリーで勧善懲悪と、批評家には酷評されたが観客には受けた
 カンヌ映画祭には多くのプロデューサーが完成した新作映画を持ちこみ各国に配給権の売り込みをする。ゴーラン=グローバスは企画段階の未完成の映画を持ち込んで製作費用を調達していた。カンヌの町にキャノンの映画広告看板があふれた。

 巨大な新築ビルの新社屋完成パーティにはハリウッドから2000人を招待した。ふたりは“ゴーゴーボーイズ”と呼ばれるようになり、ニューズウィーク誌の表紙にまでなった。
 キャノンフィルムは会社の規模にふさわしく大作を手掛けるようになる。低予算映画を作っていたころは現金を集めて映画を製作すれば良かった。大作映画を作るには銀行の融資を受けなければならない。資金繰りが苦しくなっていく。このころはグローバスが資金を集めゴーランが製作をしていた。
 「オーバー・ザ・トップ(1987)」に大スターのシルヴェスター・スタローンを起用した時、スタローンの弁護士は「ギャラは600万ドルだ」というのに対しゴーランは「600万ドルなら嫌だ。1000万ドル払う」と言った。スタローン出演作としてはヒットしなかった。
 起死回生をかけて「スーパーマン4/最強の敵 (1987)」が製作されるが悲惨な結果となる。
 フランスのパテ社のG.パレッティが、経営不振のキャノンに手を差し伸べる。
 ・・・・・


> 最後のゴーランのインタビューは2014年となっている。ゴーランは2014年8月に死去した。

・ 監督: ヒラ・メダリア
・ 出演: メナヘム・ゴーラン(1929-2014)、 ヨーラン・グローバス(1941- )、ジャン=クロード・ヴァン・ダム、チャック・ノリス、ジョン・ヴォイト、シルヴェスター・スタローン、チャールズ・ブロンソン
> THE GO-GO BOYS: THE INSIDE STORY OF CANNON FILMS

■キャノンフィルムズ爆走風雲録 THE GO-GO BOYS (2014/2015、イスラエル) 

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