どんくらの映画わくわくどきどき
自分が観た映画の話題を中心に日ごろ感じたことを書きたい放題     左の写真はフランスのシュノンソー城にて     文中敬称略。文&写真:どんくら
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since 2006/08/12

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神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃 (2012) ★
1683年のオスマン帝国軍による「第二次ウィーン包囲」戦を描いた映画。DVDで観た。

17世紀中頃、現代のトルコ イスタンブルを首都とするオスマン帝国はオーストリアに隣接するハンガリーまで領土を拡大させていた。1676年、カラ・ムスタファが大宰相となる。一方、ハプスブルク家は、30年戦争の後で結ばれたヴェストファーレン条約により、神聖ローマ帝国皇帝の帝国内への影響力が著しく縮小されドイツ国内の各国が分立する状況だった。

1683年、大宰相カラ・ムスタファは大軍を率いてハンガリーからオーストリアに入り、ウィーンに迫った。神聖ローマ皇帝レオポルト1世はウィーンを脱出、キリスト教国の諸侯にイスラム教徒からヨーロッパを守るための支援を訴えた。オスマン帝国軍は7月初めにウィーンを包囲し攻撃を始めたものの頑強な抵抗にあって防備をなかなか崩せなかった。
 当時オーストリアと対立していたフランス(ルイ14世)はむしろオーストリアがオスマンと戦って弱体化することを望んでいた。一方、オスマン帝国と敵対関係にあったポーランド国王ヤン3世がオーストリアの要請にこたえ、ロレーヌ、バイエルン、ザクセン、バーデンなどのドイツ各国からの軍隊を加えてウィーンに向かった。
 ヤン国王率いる連合軍はウィーンを包囲したオスマン軍に対し数の上でははるかに劣勢だったにもかかわらずこれを撃退、オスマン軍は敗走した。

 映画はここまでだが、戦後、ローマ教皇インノケンティウス11世が呼びかけオーストリア、ポーランド・リトアニア共和国、ヴェネツィア共和国による神聖同盟が結成され、オスマン帝国の支配下にあった東ヨーロッパに侵攻、16年間という長い期間の戦争(大トルコ戦争)でオスマン帝国は東ヨーロッパやバルカン半島の多くを失った。この結果、ハプスブルク家はハンガリー・トランシルヴァニアを領土に加え勢力を拡大させた。

 この映画ではかなり情けない人物として描かれている皇帝レオポルト1世は、30年戦争後の衰退したハプスブルク家を引き継ぎ、オスマン帝国との戦いでオーストリアを再び大国の地位に押し上げた。映画に登場するプリンツ・オイゲンは、当時のハプスブルクの敵国のフランス人だったが、レオポルト1世に登用されオーストリア軍の将校として母国フランスとも戦った。第二次世界大戦のドイツの重巡洋艦プリンツ・オイゲンは彼に因んで名づけられた。

 この映画に登場するマルコ・タヴィアーノは実在の人物。WIKIPEDIA20150124 によればカプチン・フランシスコ修道会に属し1676年に13年間寝たきりだった修道女を祝福したところ奇跡的に回復したという。 オスマン帝国との戦争ではローマ教皇インノケンティウス11世の特使として各国に同盟を呼び掛けた。大トルコ戦争にも従軍し影響力を及ぼしたらしい。
 しかし、この映画ではウィーン包囲戦でどのような役割を果たしたのかよくわからなかった。
 この映画では、マルコとカラ・ムスタファが少年のころ出会っていたとか、ヴェネツィアに住むマルコと知り合いのオスマン人が大宰相のカラ・ムスタファに直接進言するなど無理やり話を膨らませている感じがする。

 この映画で、もっとも気になるのは英題に使われている"SEPTEMBER ELEVEN" で、カラ・ムスタファがウィーンを“黄金のリンゴ”と呼ぶなどして、2001.9.11 にニューヨーク(ビッグ・アップル)等で起きた米国同時多発テロと関連付けようとしている。しかし映画の中では具体的な日付はでてこなかったと思う。
 WIKIPEDIA20150124(日本語版英語版)によればオスマン軍がウィーンに到達し包囲したのは7月13日、連合軍がオスマン軍を攻撃し撃破したのは9月12日だった。
 戦闘の様子は日本語版と英語版で記述が異なる。日本語版によれば連合軍は9月12日にウィーン郊外に到着し、その日の夕刻にヤン3世は総攻撃を命じわずか1時間ほどの戦闘でオスマン軍はちりぢりとなって逃げだした。英語版によれば、到着した連合軍はカーレンブルク山でかがり火をたいてウィーンに到着を知らせた。9月12日の朝に連合軍陣地でミサが行われた。戦闘は早朝から始まり夕刻には連合軍の勝利が確定した。いずれにせよ大軍同士の衝突にも関わらず短時間で勝敗が決しヤン3世はカエサルの言葉「来た、見た、神は勝利した。」と言った。

<逸話: 真偽不明>
・ ウィーンはカフェで有名だが、敗走したオスマン軍は大量のコーヒー豆を残していった。ポーランド・リトアニア共和国軍のイェジ・フランチシェク・クルチツキがこのコーヒー豆を利用してウィーンで最初のカフェ「青いボトルの下の家"Hof zur Blauen Flasche")を開いた。
・ クロワッサンは、戦勝を祝ってオスマン軍の旗に描かれている三日月に似せてウィーンでつくられたという説がある。さらに、マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ時にフランスにもたらしたという説がある。
・ ヤン3世はキリスト教徒だがユダヤ教徒やイスラム教徒にも寛容だった。ウィーンを解放したヤン3世に感謝したウィーンのユダヤ人のパン屋が馬のあぶみを模したパン「ベーグル(イディッシュ語であぶみパン)」を献上したという説がある。
・ マルコ・タヴィアーノはカプチン・フランシスコ修道会に属していた。彼らはカップッチョ(フード)のついた修道服を着ていたのでカプチンと呼ばれるようになり、カプチン会の修道士はカプチーノと呼ばれた。コーヒーのカプチーノの語源だという説がある。

□ オスマン帝国大宰相に就任したカラ・ムスタファはヨーロッパ侵攻を命じられる。
 奇跡を起こすと民衆から信じられているヴェネツィアの修道士マルコ・タヴィアーノは神聖ローマ帝国皇帝レオポルト1世に対しオスマン帝国が攻めてくるのでザクセンなどドイツ諸侯やポーランドと軍事同盟を結んで備えるべきだと進言するが、平和条約を結んでいるから攻めてくるわけがないと笑われる。
 皇帝にカラ・ムスタファから宣戦布告の書簡が届く。情報によれば軍勢は30万人。一方ウィーンの軍勢はかき集めても1万5千人ほど。皇帝はマルコを呼び寄せる。
 オスマン軍がウィーンを包囲して攻撃を開始する。
 ザクセンなどが援軍を送ると連絡してくる。ポーランド王も支援を約束する。
 オスマン軍に参加しているタタール人は、近くのカーレンブルク山に敵の援軍が大砲を設置できないように対策しておくべきだとカラ・ムスタファに進言するが却下される。
 ウィーンに着いたポーランド軍とドイツ諸国の連合軍を指揮するポーランド王ヤン3世ソビェスキは、カーレンブルク山に大砲を運び上げさせてオスマン軍への砲撃と共に攻撃を開始する。
 虚をつかれたカラ・ムスタファは反撃を命じるものの、カラ・ムスタファに反発するタタール人が離脱するなどオスマン軍は総崩れとなった。


・ 監督: レンツォ・マルチネリ
・ 出演: F・マーレイ・エイブラハム、エンリコ・ロー・ヴェルソ、イエジー・スコリモフスキ、ピョートル・アダムチク

■ 神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃  THE DAY OF THE SIEGE: SEPTEMBER ELEVEN 1683 (2012/2014、イタリア/ポーランド、英語) 

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

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