どんくらの映画わくわくどきどき
自分が観た映画の話題を中心に日ごろ感じたことを書きたい放題     左の写真はフランスのシュノンソー城にて     文中敬称略。文&写真:どんくら
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どんくら

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 ■ フツー。観ても観なくても良かった。
 ▼ ・・・
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ジャンヌ・ダルク (1999) ★ミラ・ジョヴォヴィッチ
ミラ・ジョヴォヴィッチがジャンヌ・ダルクを演じたリュック・ベッソン監督の映画。以前映画館で観て最近DVDで再度観た。
 ジャンヌ・ダルクは過去何度も映像化された。本ブログには他にリーリー・ソビエスキー主演の「ジャンヌ・ダルク(TV1999)」がありジャンヌの処刑場所の写真などを掲載してある。パリのジャンヌ・ダルク像

 当時フランスはブルゴーニュ派とアルマニャック派に別れて戦う内戦状態でイングランドと組んだブルゴーニュ派が優勢だった。1420年、ブルゴーニュ派と王妃イザボーは、シャルル6世国王の娘カトリーヌをイングランド国王ヘンリー5世に嫁がせ、シャルル6世が死去した後の後継者をヘンリー5世とし、その後をヘンリー5世とカトリーヌの子供に継がせるという「トロワ条約」をイングランドと締結した。1422年、ヘンリー5世とシャルル6世が相次いで死去し、産まれたばかりのヘンリー6世がイングランドおよびフランス国王と宣言する。
 一方ジャンヌが推したアルマニャック派のシャルル7世はシャルル6世国王の息子なのでヘンリー6世よりも継承順位は上のはずだが、ブルゴーニュ派はシャルルは前国王の妃イザボーが不倫してできた子で国王の子ではないと主張していた。
 ジャンヌ・ダルクが登場する直前の1428年にはブルゴーニュ派とイングランドはフランス北部を支配下に置いた。この地域にはパリや、歴代のフランス国王が戴冠式を行うランスも含まれていた。
 優勢なイングランド軍はシャルル王太子を支持するアルマニャック派最後の拠点であるオルレアンを攻撃していた。シャルルは兵力も戦費も切羽詰まった状況だった。

> 写真は上がパリ、下がモン・サン=ミシェルのジャンヌ・ダルク像。どちらもジャンヌ・ダルクは行っていないと思う。

モン・サン=ミシェルのジャンヌ・ダルク像□ 1429年、シノンにいるシャルル王太子に“ロレーヌの乙女、神の使い”だという娘ジャンヌが会いにくる。娘は“シャルル王太子をランスで戴冠させよ”というお告げを聞いたという。彼女のうわさはすでに広がっていて民衆に彼女が国を救ってくれるという希望が広がっていた。

シャルルは従卒のジャンに自分のマントを着せて王座に座らせ、
自分は大勢のとりまきの中にまぎれてジャンヌを部屋に招き入れる。しかしジャンヌは迷いもなく偽者を見破りシャルル王太子に、自分に軍を預けてオルレアンを解放させてくれと頼む。
 ジャンヌと二人だけで話したシャルルはジャンヌの提案を受け入れることにする。しかし教会はせめてジャンヌが本当に乙女(処女)か確認すべきだと進言、大勢が見守る中で修道女によりジャンヌが純潔であることが確認される。

ジャンヌは甲冑を着て自身の軍旗を持ち馬でオルレアンに向かう。ジャンヌはイングランド軍に対して撤退を勧めるがイングランドは小娘の言うこととあざけるだけだった。

イングランド軍の砦に対して攻撃が始まり男のように髪を切ったジャンヌは先頭に立つ。しかし砦の壁を昇っていたジャンヌは矢で胸を深く射られて転落してしまい、フランス軍は退却する。

翌日、イングランド軍の前に死んだはずのジャンヌが馬に乗り姿を現す。ジャンヌの復活に勢いづいたフランス軍はイングランド軍を壊滅させた。

 1429年7月29日、ランスの大聖堂でシャルル7世国王の戴冠式が行われた。

 ジャンヌはさらにパリを解放するため出陣する。しかしシャルルが約束した援軍は来なかった。
 戴冠式を終えたシャルルは、停戦を望んでいて、戦争を続けているジャンヌは困った存在だった。
 1430年、ジャンヌはコンピエーニュでブルゴーニュ派に捕らえられる。しかしシャルルは身代金を払わず、ジャンヌは金を払ったイングランドに引き渡される。
 ジャンヌはイングランド占領下のルーアンで宗教裁判にかけられ、1431年5月30日、火刑にされた。


・ 監督: リュック・ベッソン
・ 出演: ミラ・ジョヴォヴィッチ、ジョン・マルコヴィッチ、フェイ・ダナウェイ、ダスティン・ホフマン、パスカル・グレゴリー、ヴァンサン・カッセル、チェッキー・カリョ、リチャード・ライディングス、デズモンド・ハリントン、ティモシー・ウェスト

■ ジャンヌ・ダルク JOAN OF ARC (1999/1999、フランス、英語)

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

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